教科書読んで、感想を書いたら間違っていると注意された話
だいぶ昔、たくぞうが高校生だった頃…
国語のT教諭(女性)が担任でした。
このT教諭、自称「身長145cm」が、とにかくコンプレックスだったらしくて、身長が小さくても性別が女でも、男と同等の仕事に就くにはどうしたらいいか?と考えた末に高校の教諭になった。(こちらにも書きました→●)という、「教育者」としてはどうなんだろう?と疑問を持たずにいられない人でした。
高校2年の秋、そのT教諭の現代文の授業で「元始女性は太陽であつた(平塚 らいてう)」を扱う事になった。いやな予感はひしひしと感じていたけど、最初の授業が「まず最初にこの文章を1回読んで、感想を書いてノート提出」だったので
「世の中にはプラスとマイナス・S極とN極・陰と陽・昼と夜の様に、2つの事象があってバランスが取れている事がある。女性が月から太陽になると言う事は、男性が太陽から月になるべきだ、という事を暗示している。自ら輝く無数の星に例えずに、1つしか存在しない太陽と月に例えるのは、この作者は男女平等や女性の復権を目指しているのでなく女性優位の社会を目指しているのかもしれない。」
とノートに5行くらい書いて提出したら…
「あなたの感想は間違っている。平塚らいちょうは…」と、赤いボールペンで自論というか、この文章はこういった意味を持ち生徒にこういう事を教えるべきみたいな指導要綱みたいな事が20行くらい。
個人の感想が「間違っている」というのはどういう事?
授業を通して、この文章がどういう事を意図しているかの説明をするのが教育者の仕事であって、教員が仕事をいわば放棄した状態で最初に1回読んで感想を書いて提出と言っておきながら「間違っている」
こんな教員の方が、よっぽど間違っている!
…個人の感想まで統制するのが高等学校における教育なのか。何も考えずに教員様のおっしゃる通りです。テストで良い点を取るためには何の疑問も持たずにご指示に従います。というのが教育なのか??
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教科書検定の是非(特に歴史の分野で)は熱心に議論されるけど、どんなに良い教科書でも教員が悪ければ、教科書は教員が生徒を服従させる為の凶器でしかない。教科書よりも教員の重要性をもっときちんと理解してもらいたいなぁ…と教科書検定のニュースを見る度に、高校生だった頃を思い出します。
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コメント
ふぅむ、興味深い記事です。道具そのものより、それを使うことを教える人が大事ですよね。
それにしてもよく高2の時のことをそんな詳細に覚えていらっしゃいますねっ。そんなに難しいことを考えていらっしゃったとは、また。
投稿: P助 | 2008-04-22 20:09
P助さん、こんにちは。
「高校生の時の思い出を1つあげよ」と言われたら、真っ先にこの事を思い浮かべるくらい自分にとっては納得のいかない事でした。
この時の事は絶対に忘れませんし、自分と違う考えを認めない人間にはならない。という人生の目標(!?)もできました。
…その後、どれだけテストの点が良くても、国語の成績は5段階評価の2を脱する事は無かったです。そういう教員が存在する、そんな高校でした。
投稿: たくぞう | 2008-04-24 00:33
たくぞうさん、とっても苦い経験だったかもしれませんね。心中お察しいたします。感想に「間違っている」と言う応答が存在してはなりませんね。素晴らしい目標だと思います。
投稿: P助 | 2008-04-26 18:58
P助さん、こんにちは。
究極の例ですが、「他人の考えを認める」事ができないから戦争になったり宗教論争になったりしてしまうのでしょう。誰もが自分とは異なると認める事ができれば、価値観にとらわれずに"自分の"人生を送れるのにね。
…という事を高校生の時によく考えていました。
正論を言っている様に見えますが、実際は「国語」や「歴史」の授業から逃げたかったのです。(笑)
たくぞうが通っていた高校は、高校3年になって「現代文」「日本史」が必修科目という変な高校で、(たくぞうを含む)理系志望者には、とても納得出来る様な状況ではありませんでした。
投稿: たくぞう | 2008-04-29 00:22